「歴史に働く神」ルカ21:4~9

戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。ルカ21章9節

 

今月は神学ということをテーマに宣教をしています。今回は歴史神学の視点で聖書を読みます。歴史神学はキリスト教の信仰が、どのように世界の歴史と影響しあっているのかを考える分野です。西暦67年に起きたユダヤ戦争は、キリスト教の歴史上のターニングポイントのひとつです。エルサレムの町で暴動が起き、それが戦争に発展しました。エルサレムの街にローマの大軍勢が来て、市民が殺され、街が破壊され、神殿は焼失しました。神殿崩壊という出来事です。

神殿崩壊の出来事はユダヤ教、キリスト教双方に大きな影響を与えました。ユダヤ教の信仰の中心が神殿での献げ物や、神殿の祭司でなくなりました。キリスト教にとってもユダヤ戦争は大きな転換点でした。キリスト教も世界へと散り、特に世界各地で出会った人に、イエス・キリストが伝えられ、広がっていったのです。いわゆる異邦人伝道です。今日は歴史的な出来事と聖書との関係を考えながら、戦争や神殿崩壊という絶望の中でも、与えられた神様の希望を見てゆきたいと思います。

イエス様は9節でこう言います。戦争や暴動、神殿の崩壊は起ってしまうが、それはすぐに終わりにつながるものではないと。この後の歴史は、本当に暴動が起き、戦争がはじまります。人々は逃げながら、炎上する神殿を見たでしょう。人々は絶望をしたはずです。終わったと思ったはずです。自分たちの信仰の中心、心の支えが無残に崩壊したのです。しかしイエス様は「それで終わるわけではない」と言います。キリスト教の歴史もそうでした。神殿崩壊が新しい信仰のスタートになりました。逃げて行った人々は、それぞれの場所で、イエス様のことを伝えたのです。イエス様のことを福音書として書き記したのです。このように神様は歴史に働くお方です。

神様は世界が終わるといったような恐怖を使って、私たちを動かそうとする方ではありませんでした。神様は平和を求めた人々と共におられ、戦争ではなく平和を願う人を用いたお方です。そして神様はたとえ神殿がなくなったとしても、希望が終わらないことを伝えたお方です。そしてこの歴史は私たちにつながっています。

神様は私たち一人一人の歴史にも働いてくださるお方です。私たちの人生にももう終わりだと思えることがあるでしょうか。戦争や災害、別れ、悲しい出来事、失敗、自分の人生や生活でもうだめだと思うことがあるでしょうか。でもイエス様は言います。その時、その前、惑わされるな。そして恐れるな。それがすべての終わりではない。神様の働きが続き、その後も希望があるのだと。私たちが終わり、もうだめと思ったその時にも、希望が残されているのだと、神様が教えてくれるのです。

神様はこのように、世界の歴史の中で働き、私たちと共にいて下るお方です。私たちに希望を与え続けてくれるお方です。そして神様は私の歴史に働いてくださるお方です。私に関わってくださるお方です。神様はこれからも私たちの歴史に働き、導いてくださり、希望を与えて下さるお方です。お祈りします。