聖句引用でお話

教師という仕事は何かと生徒に話す機会が多い。朝礼や毎日の朝の会、帰りの会、学年集会、入学式に卒業式、始業式に終業式。その度に話すネタ探しに苦労した。本や新聞、テレビの話題はもちろん、手元には逸話集やことわざ・格言集なども置いて参考にした。たまに聖書の話もした(公立学校なので宗教教育にならぬよう注意を払いながら)。

 聖書の話では、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」という聖句を引用して、人間は「言葉」によって成長し、言葉によって学び、言葉によって生きている、ことをわかりやすく話した。挨拶一つとっても人間関係に大きな影響を与えることなどは生徒にもよく通じた。さらに、言葉遣いや読書の大切など話を広げて話すこともあった。

 次の聖句もよく引用した。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマ5:4)。これは生徒にはストレートに伝わった。特に3年生の受験生を励ますときに最適だった。「忍耐」して繰り返し復習して、体に染みつくまで習熟すること、それが「練達」だ、というように話すと、生徒も部活動などで、繰り返し練習しているので実感として受け止めてくれた。

 「受けるよりは与える方が幸いである」(使徒言行録20:35)は、生徒自身に体験を話させて、考えさせた。誕生プレゼントやお年玉をもらった時の気持ち、逆にプレゼントをあげたり、優しい言葉をかけてあげたときの気持ち。その違いを考えさせたりした。また、「頂戴、頂戴」「欲しい、欲しい」ばかりの自分と「与えたい」「何かしてあげたい」と常に考えている自分、どちらが心豊かか、問うたりもして考えさせた。

 岩の上に家を建てる賢い人と砂の上に家を建てる愚かな人のイエス様のたとえ話もよくした。これなんかは説明はいらない。基礎、土台が大事という話。だから、小・中学校の勉強は人生の土台となるのだからしっかり学ぼうとなるわけだ。基礎が大事なのは何事も同じ。