今年は大型のゴールデンウィークとなり、各地で大勢の人出があったことが報道されていた。しかし、その間、大切な「憲法記念日」があったことを忘れてはいけない。
13年前、「(衆参両院の憲法調査会の最終)報告書に象徴されるような改憲の動きを、どうみていますか」という新聞記者のインタビューに憲法学者の樋口陽一氏は次のように答えている。「今の世の中に対する不満から世直しへの期待がある一方、改憲を唱える人の間には、自分たちこそが何かをつくりあげるのだというバラ色の期待がある。両者がないまぜになって、とにかく憲法を変えるのだという雰囲気が生まれている。自然災害や人為的な事故が相次ぎ、景気も悪い。昔ならば、それこそ元号を変えて気持ちを入れ替えようと言う気分でしょう。そういうムードの中での改憲論だ」。感情や雰囲気に左右されやすい日本人の特質にくぎをさしている。時代の気分で9条が変えられていいのか。
今はどうか。安倍政権は本音では9条改憲が最優先施策なのに鎧に隠して、そしてチラチラ見せながら、隙あらば一気に国会での審議を始めたいというところまで来ている。しかし国民の関心はいま一つと3日の新聞記事にあった。だから安心というわけにはいかない。なにしろ衆参国会の3分の2以上を与党が占めている。国民が無関心でいることをよいことに一気に国民投票までもっていきかねない。その時になってはもう遅い。
憲法とは、時の権力者(国家の指導者)が勝手なことをしないためのしばりであり、国民の自由や人権、生活を守るものであるはずなのに(それを人間は歴史から学んだ)、逆に国民を一つの歴史観や価値観にとじこめ、義務を強調して、物言わぬ都合のいい国民にしようとしている自民党改憲草案。
景気・雇用、社会保障、教育・子育てと同じく憲法論議も次世代の将来に深く関わることなのに、多くの若者は声を上げず、行動もしない。そういう生き方を大人がして見せているからだ。いつの時代も次世代のことは大人の責任。
「平和を実現する人々は、幸いである」(マタイ5:9)。